サムデイ

 「おれのことなんか好きになっちゃだめだよ」と彼はいった。「だってもう好きなんだからしょうがないよ。どんなにがんばってもマーサのことしか好きになれないんだもん」腕まくらのうえであたしが口をとがらせると、「おれなんか好きになっちゃだめだよ」彼は繰り返した。「おれは『好き』っていうのがよくわかんなくなってるんだよ。たぶんひとりでいたほうがいいんだ」。誠実さのにじみ出る、落ちついた声。突き立てられるぎざぎざないふ。きっと彼はナイフのつもりなんかない。あたしを傷つけたいわけでもないんだ。だけど、だからこそ、心は痛む。

 そして、まくらになっていた腕がぐい、と曲げられる。もう一方の腕もあたしを引き寄せて、彼のごつごつした腕のなかにあたしはすっぽりとおさまってしまった。あたたかくて、心地よくて、切なさがからだじゅうに満ちる。そして彼はキスをした。「ああ、これからセックスをするんだ」、とわかる。「やだ」、といっているあたしが、結局応じてしまうのもわかる。

 好きでもないくせにどうしてセックスするの、なんて思うのはもうやめた。セックスするならあたしのこと好きじゃなくちゃいけないなんて、そんな理屈はない。身体の対価として手に入る恋愛感情なんてない。あったとしてもそんなのいらない。彼があたしを好きになることがあるなら、それは完全に彼の自由意思によらなければならない。

 いつの間にかの勘違い。あたしは彼のセフレなんかじゃない。彼のことを好きで好きでたまらない、彼を欲しいと願う、ひとりのただのチャレンジャーだ。純粋なチャレンジャーは、相手を手に入れるためにあらゆる手を尽くし、相手を惹きつけなければならない。相手とセックスしていようとしていまいと、土俵は変わらない。「セフレ」なんて肩書きは、なんのアドバンテージにもならない。

 チャレンジャーの位置に立ちかえろう。片想いをがんばろう。

 方針は決まった。押すのはきっと充分やったから、こんどは引く番だ。いちばんの苦手分野だけど。彼から連絡してくれるのを本気で待とう。何か月でも待とう。だけどあたしは本当に重度のさみしがりだから、彼がそのうち思い立ったように連絡をしてくるのがわかっていても、何か月も放置されたらだめになる。耐えられなくなる。数週間に一度くらいはとなりに寝てくれる男のひとがいないと、気が狂いそうになる。ひとりの夜が永遠に続くような気がしてしまう。その狂気は我慢とか寝逃げとかで乗りこえられるような生やさしいものではないし、本気であたしをめった打ちしにかかってくる。自分でもよくわかっているんだ。だから彼の連絡を待つあいだ、あたしはときどき他の男のひととも遊ぶことにした。そうやって自分のきちがいじみた孤独感に対処しよう。彼のいない日々をつないでいこう。ずいぶんと陳腐な決意になってしまったけれど、ない頭しぼって考えたこれがこれからの方針。

 いつかは彼と付きあいたい。