エンプティ

 きのうは元々彼のケイとデートだった。ショッピングモールをぶらぶら歩き回って、たわいない話をしながらアイスを食べた。
 1年経ってもあたしたちふたりのあいだにある空間の、居心地の良さは変わらない。変わらなさにびっくりした。おもしろいくらいに会話がはずむ。話が途絶えない。「久しぶりだなんて全然思えないよなー。」とケイは言った。ほんとそうだよね、とうなずきながら、でもあたしは、ケイとの間に強化ガラス3枚分くらいの隔たりを確かに感じていた。かるく髪をなでたり、肩をぽんとたたいたり、じっと目をのぞきこんできたり、まるでつきあっていた頃と同じにふるまうケイにすこしの違和感。すっかりむかし通り、なんていうふうにはやっぱりいかないよ。
 夕ご飯に入ったステーキハウスで、ハンバーグを切り分けながら、知っているくせに「ケイは彼女いるの?」ときいてみた。ケイは視線をうろうろさせてから「うん、いるよ。」とこたえた。あたしは「よかったね。」と言ったし思ったけど、ケイは「なんか気まずい。」と言った。“せっかくひさしぶりに会えて楽しい1日なのに、どうしてそんなことをきくの?”といいたげだった。その無邪気な小動物みたいな顔は、あたししか知らないガラス越しにすこし歪んでみえた。
 帰り道、ケイはあたしの頭をなでて抱きしめて、耳や首筋をなめた。あたしのすきなばしょを知っている、さいこうの愛撫。でも何も感じない。感じられない。ただただ“あーあ。”と思った。笑うしかなくてあたしは笑った。でも、なにもないところから笑いをしぼりだすのは苦労する。むなしい笑い声をあげながら、「そういうのは(彼女と)別れる気がないならやめてください。」とキスを拒絶したら、ケイはすねた子供の声で「はい。」と引き下がった。今度はちょっと本気で笑えた。
 そのあと気まずい沈黙があってから、助手席のあたしにケイがぼそっと言った。「今日はまるであかりとつきあっていた頃にタイムスリップしたみたいに思っちゃってたんだ。」夢は寝てみてくれ、そしてひとりでみてくれ。「あかりのことはずっと好きだよ。」うんざりだ。あたしの大好きだったケイをこれ以上汚さないでほしい。恋愛感情はもうないといっても、むかし心から好きだったひとにそんなことばを聞かされるのは、こたえる。

 “自分をもっと大事にしてくれ”といちばん言っていた男が、率先してあたしを傷つけにくる、そのことに絶望した。あたしはやっぱり、大事にされるべき人間ではないのじゃないか。そんなことを考えてしまう。

 そんなデートだったけど、最終的には会えてよかったと思った。いろんなことを話せたし、楽しかったし。今度こそ本当に会うこともないだろう。最後はわらって「じゃーね。おやすみ。」と言いあえた。

 さようなら、ケイ。