セフレとのこと

 ついこの前まで、一年間くらい、わたしにはセフレがいた。

 いまの部屋でひとり暮らしをはじめてすぐ、かれが入り浸るようになった。合鍵を作って、会社のあとにはわたしの部屋に帰ってきた。多いときには週5日くらいを一緒に過ごしていた。かれが帰ってくるまで時間があるときには、晩ご飯を作って待った。逆にわたしが学校やバイトで遅くなる日にはかれが料理の腕をふるってくれた。
 かれには長いつきあいの恋人がいて、わたしにもいたりいなかったりして、それでもわたしたちはおなじ布団で寝ていたので、わたしたちの関係に名前をつけるとしたら、セフレとしかいえない。だけど、だけど、そんなんじゃなかった。わたしたちの間にあったものは、そんなうすっぺらなものじゃなかったんだ。

 わたしの作った料理を、何もしゃべれないくらい、無我夢中で食べてくれたこと。

 日曜日の午後、公園に出かけて、四つ葉のクローバーをいっしょに探したこと。

てぬぐいをマフラーにして、銭湯までの道を並んで歩いたこと。ふたりで飲んだ瓶牛乳がおいしかったこと。

生理痛が重くて苦しんでいると、わたしが眠れるまでおなかをさすってくれたこと。

泣きじゃくるわたしに、「セックスしなくても嫌いにならないよ。」とやさしい声で言ってくれたこと。

居酒屋でふたりで飲んでいたとき、「おれって変なやつになつかれやすいんだよね。」とかれがいうので、「あぁ、わたしとかね。」とふてくされてみせると、かれが言った、「あかりには、なつかれてるんじゃないよ。愛されてますから。」いっしゅんの間のあと、指をさしあいながら「ウェーヘーヘーヘーヘー。」と気持ち悪い声で笑いあったこと。

 まったく忘れることができない。かれとの1年ぶんの思い出はまだこの部屋に、たしかな体積をもって居座っている。わたしはきっとまだ、かれのことが好きだ。