メイちゃん

 メイちゃんは金髪のホストで、いや、いまどんな髪色かは知らないのだけれど、あたしの中のメイちゃんはぱさぱさの金髪をしている。
 ホストのメイちゃんと知りあったのはメイちゃんが客引きをしていた真冬のまちのまん中で、ひとりでラーメン屋からでてきてほくほくした白い息をはくあたしに、さむそうなメイちゃんが声をかけてきた。まったくゆだんしておひとりさまを決めこんでいたあたしは仰天して、あいての顔をまじまじとのぞきこんだ。あどけなさの残るその顔は不健康でないぎりぎりくらいに痩せて、つやのない長めの金髪のむこうにのぞくまゆげは細くてうすく、密度のこくない長いまつ毛と色素のうすい目がきれいな男の子だとおもって、うん、とてもきれいな男の子だとおもって、こんばんはあとあたしはこたえた。ほうぼうでネオンきらめく都会の路上、メイちゃんとあたしは初対面のびみょうな距離をたもちながら、冬はさむいねとかラーメンはいいよねとか、沖縄にいきたいという話を10分くらいした。「きゅうに声、かけられたからホストのひとかとおもったよー」とあたしがいうと、「ちがうよー」とその日のメイちゃんはよくわからないうそをついた。携帯のばんごうとアドレスを交換して、それからあたしたちはまちの路上友だちになった。
 メイちゃんがホストクラブにつとめていることをきかされたのは3回めに会ったときで、「いってみるー?」といわれたのを少しかんがえてやめとくよーと断ると、そっかぁ、ごめんなーといった。それからふたりでからいラーメンを食べにいった。メイちゃんはふしぎなホストで、それからいち度もあたしをホストクラブにさそわなかった。ただちょくちょく連絡をとりあって、レッドアイを飲みにいったり、マックでポテトをかじったり、公園の石段にすわっておしゃべりをした。メイちゃんがはたらくまちにあたしもそのころ毎晩のようにいたので、バイトの休憩時間や飲み会のかえりみちにメイちゃんと顔をあわせることもよくあった。そのときはコンビニで買ったあたたかい缶コーヒーをぶらさげていくとメイちゃんはよろこんだ。ガードレールにこしかけて、コーヒーを飲みおわるまでのあいだだけたわいないおしゃべりをして、じゃあがんばってね・ありがとう・xiangliもな、いいあって別れた。
 メイちゃんのしゃべりかたはどこの地方のにも似ていないなまりがあって、その調子でなまえを呼ばれるとなんだか耳の奥をくすぐられるみたいでこそばゆかった。メイちゃんとは手をふれることすらしなくって、あたしはメイちゃんを好きだったけど、そのままの関係がいいなんて柄にもなくおもっていた。ふたりでひとつのマフラーを巻いて夜中のまちを歩いた20歩たらず、それだけでしあわせな気分になれた。思いだすだけで1か月や2か月会えないくらいへっちゃらだった。プラトニックナントカってあたしにはよくわからないけど、きっとこういう感じなのかもしれないとおもった。はじめての感覚だった。
 とはいえあたしはメイちゃんとセックスをした。ひっこしたばかりのあたしの部屋にメイちゃんが泊まりにきたときのことだ。ちいさい布団のうえであたためあうようにかさなってさぐりあった、その手つきはふたりともためらいがちだった。はじめてみるメイちゃんのからだはとても華奢で、どうふれていいかわからなくてただきゅっと抱きついた。「おれさあ、セックスがこわいんだよね」とメイちゃんは言った。「むりやりおそわれるっていうか、そういうのが多くて」悲しげなかおで笑った。当時のあたしはセックスがこわい男のひとがいるなんてかんがえてもみなくて、男のひとなんてみんなヤリタイオバケだとおもっていて、だからハッとした。男のひとだって性的にひがい者になりえるんだってこと。メイちゃんのいろいろなところに納得がいったような気がした。おんな友だちはたくさんいるのに、れんあいに消極的なメイちゃん。じぶんのセクシャリティをけんめいに排除しているようなメイちゃん。すきな人とセックスするのは高校生のとき以来だともいった。あたしたちはいっぱいキスをして、寄りそって眠った。昼すぎに起きてもういち度抱きあった。メイちゃんとの関係は触れてしまったらこわれてしまうような気がしていたけれど、それはとてもやさしいセックスで、とてもなにかをこわせるようなしろものではなかった。夜になって、仕事にいくというメイちゃんといっしょに駅までのみちを歩いた。しとしとふる雨のなか、ひとつのとうめいがさをふたりでさした。駅まえでじゃあねと、つないだ手をはなすとき、「あ、」とおもった。右手はこころもとなくなって急激に冷えたけれど、その手を元気にばいばいとふってみせた。
 それからもメイちゃんとは電話をしたりまちで会ったりした。でも、セックスもキスも手をつなぐことさえも、二度となかった。あたたかい缶コーヒーで手やほほをあたためながら路上でおしゃべりをする友だちにもどった。あたしたちにとって、あれはいち日かぎりのことだったのだとおもう。メイちゃんはセックスがこわいし、あたしだっておなじようなものだ。それなら、ときどき会って少しばかりおなじ時間をすごすだけでじゅうぶんだ。二度と抱きあうことがなくっても、うでの中で息づいていたメイちゃんの細いからだも、その温度もあたしはおぼえている。それでいい。
 あたしが21、メイちゃんがはたちの冬だった。それからメイちゃんとはもういち年以上も会っていないのだけれど、数日まえにメイちゃんから電話をもらって、そんなあれこれをおもいだした。あいかわらずの耳のおくがこそばゆくなる声だった。
 またメイちゃんと、おしりの痛くなるあのガードレールや、駐車場のひんやりとしたえんせきにならんでこしかけて、さむい・さむいいいながらコーヒーを飲みたいなあ。まいにちいろんなことがあるけどさあ、あたしはメイちゃんと、そうでありたいとおもうんだ。