グリップ

好きなひとが部屋にあそびにくるたびに、帰っていく時間が近づくと「忘れものをすればいいのに。」とおもった。定期いれや社章のような、取りにこないわけにはいかないくらい、致命的な忘れもの。どうかどうか、忘れていってくれますように。祈るようにして、ちゃくちゃくと進められる身じたくを見まもっていた。
そのくせが抜けなくて、部屋を出ていくすのう氏が「忘れものしてないかなーおれ。」とかばんを確認しだすのに、「忘れものすればいいのに!」と口走ってしまった。するとすのう氏は「そんなのなくてもまた来るよ。」となんでもなさそうにいった。あたしは「あ、……うん? や、そう……か。そうだよ。ね。はは……。」考えこんでしまった。すのう氏は気にするようすもなく、「じゃあ、また。」と帰っていった。

じゃあ、また。

忘れものでしかつなげないような糸ばかりあつめては、にぎりしめていた。だけどもう、忘れものを願わなくてもいいんだ。この糸はちゃんと“つぎ”につながっている。あたしはすこしずつ、つきあうということがわかりはじめた気がする。