ベニスの夢

 デジカメを忘れてふたりでベニスへゆく。水先案内人の船に乗り、今夜の宿に向かう。 「どうしてデジカメ忘れちゃったんだろう」運河の上で流れていく景色にわたしが嘆くと「いいんじゃない」とかれがいう。わたしの左手にはお気に入りのAGAT18(おもちゃのカメラ)だけがある、それもフィルムの残りが少なく、わたしは慎重にシャッターを押す。フィルムが売っている店があったら教えてね、とイタリア語も英語もわからないわたしはかれに嘆願する。宿泊先に着き、簡単なつくりのツインの部屋にチェックインする。フロントは愛想のない美人。しばらくそこで過ごしてから、間違いがあったことに気付く。入る部屋が違っていたらしい。急いで少ない荷物をまとめ、ただしい部屋を探すも、こぢんまりとしていると思われたホテルは意外にも広大で、なかなかみつけられない。かれとはぐれ、わたしはテラスに駆けあがる。夕暮れが終わり、星や月が濃くなりはじめる時間のテラスにはさまざまな国の人びとが談笑し、その言語のどれもがわからないために、音楽のように耳をくすぐる。スカートを揺らす風はあたたかい。かれが階段を上ってくる。……







 目がさめて、わたしはまだ奇跡みたいにかれのとなりにいます。いてしまいます。布団のなかで背を向けあっているけれど。たがいの熱がたがいの眠りをあたためていたらいいと思う。そうしてわたしはベニスへとんだのだ。

 ずっとこうして眠れたら、どんなにいいだろう。