・IO01:

 イオとはぐれてしまった。ヒールをはいても160センチに満たないわたしと比べてさして大きいわけではないしこのホールに50個いじょう上下しているおなじメーカーの黒いキャップのひとつを探すのはそうそうにあきらめた。演奏中なのですいているバーカウンターに陣どったわたしは2はい目のウイスキーを注文する。こちらをちらりしか見ないでバーテンは酒を作りながら身体をゆらしてる。ゆらしかたがカッコイイ。わたしはゆらしかたがわかんない。近くの壁ぎわの柵につかまってそこそこ激しく動いてるホットパンツの女をさっきから真似してる。同じリズムで髪をふりみだしてみてる。ていうかああいう格好の子がおおい。Tシャツとかキャミにちょう短いデニム。わたしの長いワンピースは浮いてるのかもしれない。そんなことばかり想う。これであってるのかって。曲のあいまがきたので「ふー!」て言ってみてグラス持った手をたかだかと挙げた。いくつかの声と腕があがっていたのでたぶんこれでいいんでしょう。なんてねこれだけ満員のライブ(ワンマン)でぎゅうづめで他の客のふるまいをいちいち気にしてるひとなんかいないのはわかる。それでもなんだかな。だれかに監視されてる気がしてならないんですいつも。音楽のある現場というのは。みんなで同じ音を聴き身体をうごかしてるそこにひとつ!って感じをみるからかもしれない。あと周りがみんな音楽好きに見えるから。
 音楽好きのキョーフ。わたしは音楽なんかちっとも好きじゃない。クラブやライブハウスに出かけるのは友達のイベントに誘われたときと男の子が欲しくなったときだ。
 イオと会ったのは欲しかったとき、クラブだった。いっしょに行った女友達とはお互いある程度計画的にはぐれて単独行動。バーカウンターで飲んでいた。せっかくなんだから踊らなくちゃと絡んでくるドレッドをいっしょうけんめいかわしながら酒をちびちび飲んでいた。放っておいてほしい、こちらは何も楽しく踊るみんなをシラけさせたくてひとりで飲んでいるわけではないしここは邪魔にならないバーカンのはしっこだしちゃんと挨拶程度に腰も揺らしているでしょう(あってるかどうかわからないけど)。わたしはよりクラブらしくふるまうためにがんばって酒を回そうとしているところなんです。身体をぶつけてくるドレッドに肘を当てながらあたらしいジンを頼もうとしたところに横からテキーラとライムをよこしてくれたのがイオだった。見るとイオの他にも横並びの4人くらいがショットグラスを持っていてみんなでワーといいながら飲んだ。「ひとり?」イオと名乗ってイオがそうきいてくる。左右で長さも色も違う髪がキャップからのぞいてた。テキーラは胸が灼けるのでいつも目の前のひとに恋してるみたいなエフェクトがかかる。「ん、友達ときてるんだけどどこにいるかわかんなくて」言わなくてもいいことを言い訳がましく言ってしまう。ひとりでクラブにくるのは物欲しい女みたいなのあるし。物欲しいけど。さくさくと二言三言会話すると鮮やかにわたしの携帯番号を聞いて行ってしまった。下のホールでだれだれってDJが回すからといっていた。イオは真性の音楽好きぽくて自分が好きなの聴ければいいから変に周りを誘ったりしないし強要もしないっぽい。
 そのあとめぼしいDJが数人回しおわるとイオは電話をかけてきて酔い足りないのでうちで飲もうといった。飲むことだけしていたわたしそのころにはたいへん気持ちよくなっており更に気持ちよくなるためイオのもとに飛んでった。飛んではいったけどその前に携帯の機能ぜんぶにロックかけるのは忘れない。手慣れたもんです。以前このような流れでゆきずった男の子(クレイジー風)宅で目をさますと枕元にかっちり置いたはずの携帯がなく探していると先に起きていた家主があわてて台所から拾ってきてくれたことがある。「あれえこんなところに落ちてたよ」。うくく。台所には行ってないよん。かれロックのせいでなにも引き出せなかったとみえて楽しかった。自衛とはコンドームよりなにより携帯ロックなのです(きりり)。まあイオ相手にはこれといって効果を発揮しなかった。イオはその日ほんとに言葉通り飲みたりなかったとみえ色のあるムードは一切かもし出さないままターンテーブルにかわるがわるレコードをのせたり次々に酒をつくってくれた。おしゃべりは昼まえまでつづいたのにやることさえできなかった。携帯のロックなんか早々に解除していた。でも光のなか最後の一杯に缶コーヒーをもらって飲んでるときにテキーラのエフェクトがもうとっくに解けててもイオに胸が灼けた。