じゅうにせんちめんたる

・彼氏ができたことをマーサにいった。「そうだと思ったよ。」「よかったね。」とマーサはいった。そして半笑いで、「それいうためにゴハン行こうっていった?」、うん、ばれていますよね。/これでもう、ふたりで会うことはなくなるだろう。マーサの持っているあたしの部屋の合鍵も、二度と使われることはない。/マーサ。あーあ。マーサ、すきだったなあ。本当に。/マーサとしていた遊びの話をしよう。キャッチボールというには少し乱暴な、荒々しい球遊びの話。マーサの剛速球は、いつも突然に繰り出された。カーブもあった。フェイントもあった。ボールと見せかけて、ウニみたいなのが投げられることもあった。マーサは必ずげらげらと笑いながら投げた。あたしはマーサが投げたボールなら、どんなむちゃなやつでも拾ってみせたいと思っていた。スライディングしたって。池に飛びこんだって。マーサのおどろく顔や、うれしい顔が見られるのなら。必死になってつかんだボールをほこらしげに頭上でぶんぶんと掲げて、どや顔で「えっへへー!」、笑っているあたしはしあわせだったなあ。向こうからボールが飛んでこなくなるなんて、考えもしなかったんだ。グラウンドに取りのこされて、犬みたいなあたしは、ボールの飛んでこない虚空めがけてきゃいん、きゃいんと鳴いたけれど、マーサには届かなかったみたいだ。それでも鳴きつづけた。また戻ってきて、笑っちゃうようなボールを投げつけてくれるはずなんだって。それはそれは、つらい毎日でした。なんて今いうのは簡単だけれど。気が狂いそうにさみしかった。でも、あたしももう、このグラウンドを去ることにしたんだ。さようなら、キャッチボール。マーサのいい顔をたくさん見られたし、あたしもマーサといてすごくいい顔をしていたとおもう。だから、無為な遊びでなんかなかったよ。/マーサのことを話したら、100人が100人、「あんたは遊ばれていただけだ」っていうかもしれない。けれど、マーサはあたしを大すきだった。そのことが、あたしのからだはわかっていた。マーサがあたしに向けたやさしさや、あい、はあたしのからだの血となり肉となり、これからも生きていく。充分だよ。

・日ようび、すのう氏とはじめてカラオケにいった。すのう氏の歌がうまいのは知っていたので緊張した。xiangliが以前ぽろっと好きだといったニルヴァーナの1曲をすのう氏がおぼえていてくれて、うたってくれたのがうれしかった。小柄なからだのどこからやってくるんだろうと思うようなすのう氏の歌声は、かすれるところがとてもきれいで聴きいってしまった。声に色を持つ人がいるとしたら、それはすのう氏だ。日の届かない森の奥みたいなみどりいろ。……なんてな!そんなふうに感じるのはたぶんあたしだけなんだ。カラオケひとつでこんなに舞いあがれるあたしって幸せなやつ。恋するとみんな詩人てこういうことか。/坂の上のレストランで食事をしながら、たくさんお話をした。いつもよりすらすらと喋ることができたのは、お店の照明のおかげかなあ。暗めのランプと、テーブルに置かれた小さなキャンドル。小きざみに揺れる炎を見ていると気持ちが落ちついて、「この人と話すことはないだろう」と思っていたようなことも話せてしまう。すのう氏もいつになくたくさん話してくれた。お料理もおいしかったし、いい夕げだったなあ。/人と話したこと、「ぜんぶおぼえておきたい」って最近よく考える。だから部屋に帰ったあと、ふとんに寝ころびながら、すのう氏とその日話したことを思い出せるだけ携帯に打ちこんでみた。1000字のメモができあがった。いま読み返してみると、本当にいろんなことを話していた。夏目漱石森鴎外について、という一聞して真面目そうなものから、ゴルフブームの話題に移り、そこから「世界とは何か」に話が発展していたりする。そしてぼのぼのの話、タモさんの世にも奇妙な物語の話、かわいいピッコロさんの話、なさけないベジータの話、村上春樹と丸山弁護士の話を経て、メモの最後は「カレーの価格→性悪説の話」で締めくくられている。xiangliのおしゃべりはいつもそんなふうに脈絡なくぴゅんぴゅんと飛びまわるので、すのう氏を振りまわしていたりいらっとさせていやしないか心配になる。でも、相手によったら「ばかばかしい」とか「そんなこと話して何になるの」と一蹴されてしまうようなことを、すのう氏とは議論(?)できるのがうれしい。考えることをやめてしまったら人間終いよ!/もっといろいろなこと、話していきたいな。すのう氏とだけでなく、たくさんの人と。人の数だけある価値観を知っていきたい。そうしたらいつか人のこと、怖くなくなるかもしれないものな。